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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和34年(わ)267号 判決

被告人 林博

昭七・三・二八生 機械工

主文

被告人を無期懲役に処する。

押収にかかるあいくち一本(証第一号)はこれを没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は父力蔵、母スギノの次男として出生し、田川市伊田南部尋常高等小学校、三井田川鉱業所技術者養成所を経て昭和二十四年頃から引続き同鉱業所に機械工として勤務していたものであるが、昭和二十二年の暮母が病死して以来家庭的に恵まれず、一時屋並某女と同棲したが数年にして破綻を生じ、以後次第に酒に親しみ、遊里にかようになり、昭和三十二年十月頃から当時飲食店の仲居をしていた安武スエ子(当三十二年)と情交関係を結んだが、同女は年長の上先夫の子があり、また勤めの関係等もあつて、被告人にとつて同女との生活も満足すべきものではなかつたし、経済的にも次第に窮地に陥つたため被告人は自己の前途に絶望を感じて他人の幸福を羨み、若い女性やそのような女性を持ちうる者に対し羨望と同時に憎悪の念を抱くに至り、またふとした機会に見た女性の入浴姿に異常な興味を覚え、その姿を求めて屡々深夜街を徘徊していたが

第一、昭和三十三年二月八日午後十時頃田川市東区川端町所在の忠魂碑附近において中学生三明芳子(当時十五年)が男友達と親しげに話しているのを見て羨しく思い、同女が友達と別れて帰るのを尾行し、同町武徳殿横露地において、いきなり後方から同女の首を締めつけて路上に引き倒し、同女の上に馬乗りになつて手拳で同女の顔面を二、三回殴打する等の暴行を加え、因つて同女に対し治療日数約五日を要する左瞼皮下溢血、球結膜下出血等の傷害を負わせ

第二、同年同月十六日午前零時頃同市東区本町中央美容院こと平岡綾子方に赴き、同家の風呂場を覗こうとしたが新に板塀を設けて覗けないようにしてあつたのに憤慨し、その仕返しをしようと考え、同家横手玄関の硝子戸の上部硝子の破損箇所から内部を覗いたところ右硝子戸に接着した土間に炭俵様のもの(事実漬物桶)を認め、その上に紙がのせてあつたので、これに点火して放置すれば或は現に人の住居兼店舗に使用する右平岡方家屋(本造二階建、間口約八米、奥行約十一米)に燃え移るかも知れないことを認識しながら、敢て所携のマッチに点火してこれを右硝子戸の破損箇所から右紙の上に落し込んでその紙を燃え上らせたが、火力が微弱であつたためその紙を焼いただけで、自然に消え、右家屋を焼燬するに至らなかつた。

第三、前同日午前零時三十分頃風呂場を覗く積りで同市東区八幡町フランス美容院こと中島栄方に赴いたが、予期に反して風呂場が見つからなかつたことに憤慨し、現に人の住居兼店舗に使用する右中島方家屋(木造二階建建坪十七坪五合)に放火しようと考え、同家南東側の露地に面して、二階に通ずる階段の下に設けられていた燃料置場のボール箱の中に、附近にあつたカンナ屑、古新聞紙等を丸めて入れ、これに所携のマッチで点火し、その上に竹箒をのせて火勢を強め同家に燃え移らせようとしたが、直ちに同家店員大海みよ子がこれを発見して消し止めたため、右ボール箱等を燃焼させたに止まり、同家屋を焼燬するに至らなかつた。

第四、前同日午前一時過頃前示放火現場から逃走して同市東区清水町二千九百四十四の四番地福井俊雄所有の建物の中庭に逃げ込んだが、再度風呂場を覗くのに失敗した余憤から現に椿春美外七世帯が賃借居住せる右福井方家屋に放火して鬱憤をはらそうと考え、同家中庭の北方に面した廊下の下、燃料置場の小割薪の上に附近にあつた古新聞紙をのせ、これに所携のマッチで点火し、右廊下に燃え移らせようとしたが、偶々同家に居合わせた牛島茂が間もなくこれを発見して消し止めたため、右薪等を若干燃焼させたに止まり、同家を焼燬するに至らなかつた。

第五、同年三月十二日の夜諸処の風呂場を覗いて廻つたが女性の入浴姿を見ることができなかつたため、腹立たしい気持で街を徘徊し、翌十三日午前一時三十分頃同市東区本町一丁目二千九百二十九の一番地十時春吉方附近に差し掛つた際、偶々同家南側軒下燃料置場に木箱や竹籠等が置いてあるのが目に止まつたのでこれに点火して現に人の住居に使用する右十時方家屋(木造二階建建坪十八坪三合)に燃え移らせ、右家屋を焼燬して鬱憤をはらそうと考え、右燃料置場の竹籠の中に附近にあつた紙屑を入れてこれに所携のマッチで点火して燃え上らせ、因つて家人が発見消火するまでの間に右燃料置場に接した同家屋の壁板等を地上から屋根の附近迄巾約一米四十糎の範囲に亘り燃焼炭化させて同家屋の右部分を焼燬し

第六、同年同月十四日午後十時頃風呂場を覗く積りで同市東区寺町二千九百五十二番地まるよ旅館こと甲斐弘方に赴いたが、誰も風呂に入つていなかつたことに立腹し、現に人の住居等に使用する右甲斐方家屋(木造二階建建坪三十二坪七合六勺)に放火しようと考え、同家裏の風呂場の横に同家屋に接して設けられていた薪置場の薪等の上に右風呂の焚口で火をつけた薪四、五本をのせて右家屋に燃え移らせようとしたが、間もなく右甲斐弘等がこれを発見して消し止めたため、右薪の一部を燃焼させたに止まり同家屋を焼燬するに至らなかつた。

第七、同年四月六日午後十一時頃風呂場を覗く積りで同市東区橘通り二丁目二千九百九番地ひかり美容院こと松村邦代方に赴いたが誰も風呂に入つていなかつたことに立腹し、現に人の住居兼店舗に使用する右松村方家屋(木造モルタル塗二階建)に放火しようと考え、同家裏に同家屋に接して設けられていた物置内、風呂の焚口の横に積重ねてあつた薪、板切れ等の上に古新聞紙等があつたのでこれに所携のマッチで点火して燃え上らせ、更に長い板を四、五枚折柄燃えていた風呂の焚口に差し込み、右板が漸次燃焼して前記薪へ更に同家屋へと燃え移るようにしたが、間もなく同家の従業員等がこれを発見して消し止めたため右薪等の一部を燃焼させたに止まり、同家屋を焼燬するに至らなかつた

第八、同年八月十七日午後九時三十分頃同市東区川端町下組中原徳雄方附近を通行中、右中原方において同人の妻三保子(当時二十七年)が傍でラジオをかけながら眠つているのを認めたので、ラジオでも盗もうと思い同女のそばに近寄つたところ、同女が目を覚すような気配を感じたので、、矢庭に同女の頸部を同家にあつたタオル(証第八号)で絞めつけ、以つて同女に暴行を加え

第九、同年九月三日午後一時頃右中原徳雄方において同人所有のトランジスターラジオ一台(時価約一万円相当)を窃取し

第十、同年同月四日午後七時五十分頃同市東区山下町三井田川鉱業所白鳥社宅矢野繁雄方附近路上において、かねがね自己が若い女性から親しまれないことに対する不満等から、買物に出掛けて帰る途中の矢野松子(当時二十四年)を襲い、いきなり同女の背後から所携の簡便カミソリを以つてその背部を斜めに切りつけ、因つて同女に対し治療日数約二週間を要する長さ約二十七糎、深さ肩胛骨に達する右背部切創を負わせ

第十一、同年同月二十日午後九時過頃同市東区成導寺三組馬田敏子方附近路上において前同様帰宅の途上にあつた店員大隈とよ子(当時二十一年)を襲い、いきなり背後から同女に抱きつき、所携の簡便カミソリを以つて同女の左前胸部等を切りつけ、因つて同女に対し治療日数約十日を要する左前胸部、左前膊部切創を負わせ

第十二、同年十月十五日午後十時二十分頃同市東区大正町土木建築請負業城組事務所附近路上において、前同様銭湯から帰る途中の松尾静子(当時二十一年)を襲い、いきなりその背後から両手で同女の首を締めつけ、同女が悲嗚を上げるや、所携の簡便カミソリを以つて同女の左前胸部附近を切りつけ、因つて同女に対し治療日数約二週間を要する長さ約十六糎、深さ約二糎の左前胸部切創及び長さ約十二糎深さ約二糎の左肩胛部切創を負わせ

第十三、同年同月十六日午後九時二十五分頃同市東区鉄砲町久野保方附近の橋の上において、前同様帰宅の途上にあつた教員徳成登美恵(旧姓山下、当時二十三年)を襲い、同女を橋下に転落させようとして同女に自己の身体をぶちあてて橋上に押し倒し、落ちまいとして抵抗する同女の顔面を手拳で三、四回殴打する等の暴行を加え、因つて同女に対し全治二週間を要する右環指第二指骨斜骨折、左顔面挫傷等の傷害を負わせ

第十四、昭和三十四年二月二十五日午後九時四十分頃同市東区古賀町三千六百三十五番地無量寺岡大純方に赴き、同家の風呂場を覗いたところ、同人の妻裕子(当二十二年)がシミーズ姿で洗濯しているのが見えたので興奮し、自己が若い妻をもたないことに対する僻み等から右裕子の尻でも刺して夫婦関係ができないようにしてやれ、その結果或は同女が死ぬようなことになつてもかまわないと考え、木戸を開けて同女に近寄りその背後からいきなり所携のあいくち(証第一号)を以つて同女の臀部を突き刺し、因つて同女に対し治療日数約二カ月を要する深さ約十二糎の臀部、直腸刺創等の傷害を負わせたが、同女の悲嗚により人が来るのをおそれて直ちにその場から逃走したため同女を殺害するに至らなかつた

第十五、同年三月二日午後三時頃同市東区三井田川鉱業所三坑三斜坑運炭場横臨時浴場において照瀬勝馬所有のシチズンクローム側腕時計一個(時価約五千二百円相当)を窃取し

第十六、同年同月十二日午後十一時頃同市東区斜坑新台町志手竜一方前共同便所附近において、用便に来た谷元綾子(当三十五年)を襲い、その背後から右便所にあつたデッキブラッシ(証第七号)を以つて同女の頭部、顔面等を数回強打し、因つて同女に対し治療日数約五十日を要する左前頭骨複雑骨折、後頭部挫創、左上眼瞼裂創等の傷害を負わせ

第十七、同年四月二十九日午後十時三十分頃同市東区寺町保坂清方において、同人所有の置時計一個及び万年筆一本(時価合計約千八百円相当)を窃取し

第十八、前同日午後十一時頃同市東区上魚町国鉄田川線ガード横大宅燃料店先路上において、同所を通行中の白石康子(当二十五年)に対し、前示の如く自己が若い妻をもたないこと等に対する僻み等から同女の下腹部でも刺してやれ、その結果或は同女が死ぬようなことになつてもかまわないと考え、背後から同女に抱きつき、所携のあいくち(証第一号)を以つていきなり同女の下腹部を突き刺し、同女が屈み込むや更にその背部を突き刺し、因つて同女に対し治療日数約四十五日を要する肺臓、肝臓等の損傷を伴う右背部刺創、右下腹部刺創等の傷害を負わせたが、同女の悲鳴により人が来るのをおそれて直ちにその場から逃走したため同女を殺害するに至らなかつた

第十九、同年五月一日午後八時三十分頃同市東区稲荷町松井豆炭工場横路上において、同所を通行中の工藤文子(当二十年)を襲い、前同様或は同女を死に致すかも知れないことを認識しながら敢て背後から同女に抱きつき、所携のあいくち(証第一号)を以つて同女の下腹部を突き刺し、同女が屈み込むや更に同女の臀部を突き刺し、因つて同女に対し治療日数約一ヶ月を要する深さ約四糎の右下腹部刺創及び深さ約十三糎の右臀部刺創等の傷害を負わせたが、同女の悲鳴により人が来るのをおそれて直ちにその場から逃走したため、同女を殺害するに至らなかつた

第二十、前同日午後九時三十分頃同市東区山下町成導寺一組北村雄信方風呂場入口附近において、右風呂場から出て来た同人の妻愛子(当三十年)に対し、前同様或は同女を死に致すかも知れないことを認識しながら敢ていきなり所携のあいくち(証第一号)を以つて同女の胸部を突き刺し、同女が尻もちをつくや更に同女の臀部を突き刺し、因つて同女に対し治療日数約四十五日を要する胸部刺創及び深さ約十五糎の肛門部刺創等の傷害を負わせたが、同女の悲鳴により家人が来るのをおそれて直ちにその場から逃走したため同女を殺害するに至らなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は精神異常者であつて、本件各犯行当時少くとも心神耗弱の状態にあつた旨主張するのでこの点を検討するに、鑑定人医師鶴田勇喜穂の被告人に対する精神鑑定書の記載並びに本件記録に顕れた被告人の本件各犯行当時の行動、犯行の動機その他諸般の状況を綜合すれば、被告人は無口、冷淡、嫌人、衝動性、情性欠如等の特徴をもつ精神病質者であり、且つ窺覗症を有しているが、その程度は重篤なものではなく、知能も普通の部類に属し、本件各犯行当時是非善悪を弁識し、その弁識に従つて行動する能力には欠けるところがなかつたことが認められるので、被告人は当時心神喪失はもとより心神耗弱の状態にもなかつたものと判断する。

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示第一、第十、第十一、第十二、第十三、第十六の各傷害の点はいずれも刑法第二百四条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、判示第二、第三、第四、第六、第七の各現住建造物放火未遂の点はいずれも刑法第百十二条、第百八条に、判示第五の現住建造物放火の点は同法第百八条に、判示第八の暴行の点は同法第二百八条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、判示第九、第十五、第十七の各窃盗の点はいずれも刑法第二百三十五条に、判示第十四、第十八、第十九、第二十の各殺人未遂の点はいずれも同法第二百三条、第百九十九条に該当する。そこで刑の量定について考えるに、被告人は前途ある青年であり、また本件犯行も幸いにしていずれも人命の喪失等最悪の結果を発生せしめたものではないがしかし一年有余の間に亘り、或は些細なことに立腹して、人家が密集し他に類焼する危険の極めて大きい家屋に次次と放火し、或は個人的には何の恨みもない婦女を襲つてこれに重傷を負わせ、その間自己の行為に対し全く反省するところがなかつたことは、前示殺人未遂或は傷害等の各犯行の手段、態様の残酷さと共に被告人の自己中心的、冷酷且つ反社会的な性格を明瞭に示しているものというべく、その間該地域の住民に対し深刻な不安と恐怖を与えたことに対する責任もまた極めて重大であるといわなければならない。よつて所定刑中、判示第一、第十、第十一、第十二、第十三、第十六の各傷害罪及び判示第八の暴行罪についてはいずれも懲役刑を、判示第二、第三、第四、第六、第七の各現住建造物放火未遂罪及び判示第十四、第十九の各殺人未遂罪については有期懲役刑を、判示第五の現住建造物放火罪及び判示第十八、第二十の各殺人未遂罪についてはいずれも無期懲役刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるが、同法第十条により犯情の重い判示第五の現住建造物放火罪につき被告人を無期懲役に処し、同法第四十六条第二項本文により他の刑を科せず、押収にかかるあいくち一本(証第一号)は判示第十四、第十八、第十九、第二十の各犯罪の用に供したものであつて、被告人以外のものに属しないから同法第十九条第一項第二号第二項によりこれを没収することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項但書により被告人にこれを負担させない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 桜木繁次 川淵幸雄 吉田修)

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